
江戸時代1780年頃の隅田川、永代橋のお正月の風景です。遠くに凧が上がっています。
2007年の書き初めは「徒然草」第19段のお正月の風景から...。
「晦日の夜、いたう闇きに、松どもともして、夜半過ぐるまで、人の、門叩き、走りありきて、何事にかあらん、ことことしくのゝしりて、足を空に惑ふが、暁がたより、さすがに音なくなりぬるこそ、年の名残も心ぼそけれ。亡き人のくる夜とて魂祭るわざは、このごろ都にはなきを、東のかたには、なほする事にてありしこそ、あはれなりしか。
かくて明けゆく空のけしき、昨日に変りたりとは見えねど、ひきかへめづらしき心地ぞする。大路のさま、松立てわたして、はなやかにうれしげなるこそ、またあはれなれ。 」
(現代語訳)
大晦日の夜、真っ暗闇の中で、たいまつをともして、夜が明けるまで他人の家の門を叩いて走り回って、何を言っているのか不明だけど、わめきながら空を飛んでるみたいに忙しくしてる人たちも、日の出間近になって、ぶつぶつ言いながら静かになっていくのは、古い年が去っていくことを感じさせて、淋しくて切ない気持ちにさせてくれる。死んでしまった人が降臨するからと魂を祭るなんていうことは、最近都会ではやらなくなってしまったけど、関東の田舎では、まだやっているのは、味があってよい。
そうして、元旦の空が明けていく様子は、昨日の朝と見たところ変わらないけど、全然いつもと状況が違うから珍しい気分になってくる。表通りの様子も松の木を立てて、きらきらと嬉しそうに笑っているから、大変よいと思うのである。
大晦日から元旦の風情は昔も今も変わらないみたいです。ITが進んだ現代でも人の心は変わっていないのかも知れません。
「徒然草」第19段は「折 節の移り変るこそ、ものごとにあはれなれ。」で始まります。日本は昔から四季に恵まれた環境にあります。この環境を大切に守り次の世代に持続させるためにも、春夏秋冬の季節の移り変わり、雨や雪といった自然現象を暮らしの身近かに感じながら暮らせる住まい、そして太陽や雨、地熱などの自然エネルギーを有効に利用する住まいを今年もつくってゆきたいと思っています。ご支援をよろしく願いします。

